アントニオ・レボジョの一投

2021-07-23

「開会式」

いよいよ東京オリンピックも開幕ですね。

様々な課題や、問題が山積した今回のオリンピックですが、個人的には「組織は憎めど、競技は憎まず」そんなスタンスで見守っていきたいなと思うようになりました。

いざ始まったら、あとは一丸になって応援することに賛成です!

さて、この上の写真のシーン。
覚えてらっしゃる方も多いのではないでしょうか?

1992年のスペイン、バルセロナオリンピックの開会式の一幕です。

失敗することが許されない一度限りの本番で、見事聖火台に炎を添加させたアーチェリーの選手アントニオ・レボジョ選手です。

約20年前ということで、私もこのシーンはなかなか衝撃だったのを覚えています。

「アントニオ・レボジョ選手(Antonio Rebollo)」

彼は1955年マドリッドで生まれ、生後8か月の時にポリオウイルスに感染し、右足に生涯を負うこととなりました。

幼いころから様々なスポーツに挑戦してきた彼ですが、物理的な概念によって差別されることがないと感じたアーチェリーに没頭していきました。
そして、84年のニューヨークパラリンピックで銀メダル、続く88年のソウルパラリンピックで銅メダルを獲得しました。

アーチェリー会では彼を知らない者はいませんでした。

バルセロナ五輪の聖火点灯の演出が決まると、スペイン国内の200人のアーチェリー選手が選考対象となり、様々なテストが行われ、最終的には2人絞られました。

そして、驚きなのは、矢が放たれる2時間前にアントニオ選手が選ばれたということです。

そんな彼の心境は、当時以外にも穏やかだったそうです。

「自分はやるだけのことをやってきた。あとはこの手を神にゆだねるのみ。」

そういう心境で矢を放ったそうです。

そしてあの感動的なシーンが生まれました。

現在彼はアーチェリー選手を引退し、地元マドリッド郊外の田舎で自然とともに静かに生活しています。
弓は時折イノシシを狩るために射るだけだそうです。

生涯を持つことで、小さいころから不条理な状況に立たされることが多かったようですが、アーチェリーを通し自分を表現することで、自ら周りの環境を作ってきたと言います。

周囲の目に囚われず、常に自己を高めることに集中することで、周りの反応を変えていった彼の精神は、アスリートならずとも、これからの時代を生きる上で、お手本になりそうです。

開会式の演出も注目が集まりますが、そこに携わる人々の物語にも目を向けて、このオリンピックを楽しんでいきたいですね!

ということで、今回はそんなバルセロナ五輪に関連してカタルーニャ州の辛口カバ「ブリュット・デ・ブリュット」。

暑い夏のスポーツ観戦にはビールもいいですが、スパークリングでちょっと贅沢に!

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